燃費も善し悪し

「これでとうとうあたしも人のこと
言えなくなっちゃったわね」

店のテレビで流れるニュースに
そんな言葉が思わずこぼれた。

「あれ、美樹さん新しいのにしたんだっけ」

そんな半分独り言のようなあたしの言葉に
反応したのは、ほんの数ヶ月前
「人のことを言われていた」常連の美人女医。

「ええ、もう3〜4年前だけどね
それだって今度のに当てはまるって話でしょ?」

この店を始めたころからずっと、車は
ジムニーばかり指名買いで乗り続けてきた。
あのサイズで本格的なオフロード
(今ではSUVっていうのかしら)
は他には無かったから。もっとも後から
同じようなコンセプトの車も出てきたけれど
やはり慣れ親しんだ、角張ったSのマークは捨てがたかった。
だが今回、その信頼に泥を塗られた思いだった。

「そりゃ燃費や排ガスで選んだわけじゃないわよ
まぁ、ドイツ車だから多少は期待しているところはあったけど
だからって嘘つかれるのは買う側としてはたまったもんじゃないわ」

かずえさん自身は以前はゴルフ、今はポロじゃなかったかしら
あたしと同じように車選びも浮気をしないタイプだ
もちろん車ばかりではなく。

「別にそれを重視してるわけじゃないから、なおさらよねぇ」

燃費のいい車が欲しいのなら、SUVなんてのは全くの想定外だろう。
確かに経済性も大切だけれど、人が車に求めるのはそれだけじゃない
道具としての性能であり、『自分』というものを表すためのこだわりであり。

「――男に身長サバ読まれたときって、こんな気分なのかしら」

唐突な喩えに、思わずカウンターから身を乗り出した。

「別にそんな数字どうだっていいことなのに
『女は背の高い男の方が好きだから』だなんて
そんなことで好きになったわけじゃないのに」

とぷんすか憤りながら、それを鎮めようとするかのように
コーヒーをすする彼女の姿に、その話は実話なのか
それとも純粋に物の喩えなのか、訊くのはよしておこうと思ったとき

「でも燃費も充分大事だと思うけど」

と割って入ったのは、やはりカウンター席にいたひかりちゃんだった。
さすが、若いのに香さんの薫陶かしら。といいつつも
あの家の車も燃費という点では苦労は絶えなさそうだけど。

「ママもずっとぼやいてるもん、パパの燃費に
未だに大飯喰らいで、でも始終『腹減った』って言ってんだから。
もう最近は『齢だから食べたの忘れたんじゃないかしら』
なんて言ってるけど【苦笑】」

まぁ、さすがにあたしはもう『食べ盛り』は
卒業したもんねぇとパンケーキ(1枚おまけ付き)を
ぺろりと口に運ぶ。ちなみにこれは「おやつ」だという。
示し合わせたわけでもないのに、その“母親世代”二人は
カウンター越しに顔を見合わせた。

彼女のレトリックを借りれば、あたし自身の「燃費性能」は
昔より格段に向上したといえるだろう。
より少ない“燃料”で、より効率よく動けるようになったわけだ。
だがそれで余った燃料は、タンクに残るわけではなく
『脂肪』という名の“予備タンク”に
知らず知らず回ってしまうわけで……
そんなことは、普通だったらもう二、三十年前に
気づいてそれなりに対策を立てるところだけれど、
伊達に若い頃から鍛えていなかった分、この齢になってようやく
そんなことが気になり始めたというところ。
おそらくはかずえさんも同じなのだろう
いつから気にしていたかはともかくとして。

「――多少燃費が悪いくらいが」
「ちょうどいいのかもねぇ」

と中年女性二人が頷き合う横で
「最近のアメ車並み」の若い子は
空になった皿を掲げ、次の一皿を注文しようとしていた。

スズキ、ワンマン経営の脱却課題 鈴木会長がCEO辞任:朝日新聞デジタル