Fighting Spirit

「物足りん」

とロックグラスのストレートを一息にあおるなり
彼はそう言い放った。そのグラスに
さっきまでたっぷりと注がれていたのは
琥珀色の、ではなく透明な液体。
でもそれは、最近ではさほど珍しいことではなかった。

ファルコンの愛飲する銘柄といえばオールドターキー
というのは古馴染みなら皆知っていることだ。
でも、それは云わば「表」であって
つまりは「裏」もあるということ。
それが彼の心の故郷のソウルスピリット
そう、薩摩生まれの本格芋焼酎だった。
彼がそれを口にするのはほんの時たまだったけれども
年齢を重ねるにつれ嗜好も原点回帰に傾くのか
そのボトルを目にする機会も前よりは増えたように思う。

ただ、さっきの一言といい今晩はいつもと様子が違っていた。
肴を用意する手を休めてダイニングテーブルの方を振り返ると
彼の手にあるグラスの匂いを一嗅ぎする。

「あら、米焼酎じゃない」

漂うのは日本酒とも相通じる、米特有の芳醇な薫り
見ればラベルもいつものとは違っていた。
一口いい? とばかりにグラスを手に取ると
以心伝心、ファルコンにお酌をしてもらえるなんて。
口に含めば、思ったよりも濃厚な味わい
たぶん米焼酎にしてはどっしりとしている方だろう。
でも、ファルコンが好んで飲むのは芋焼酎の中でも
最近よくある「芋焼酎らしくない」すっきりとしたものではなく
昔ながらの、慣れない人は「芋くさい」といって敬遠するような
一本芯の通った、呑み応えのある焼酎なのだ。彼と同じように。
(あたしはどちらかといえば、奄美の黒糖焼酎が好みなのだけど)

「でも、珍しいんじゃない?
ファルコンがそんなの呑むなんて」

とさらりと言葉を投げかけるけれど、正直なところ
「珍しい」どころの騒ぎじゃない。
口の悪い腐れ縁の悪友ならば
「明日は鉛玉の雨だな」と毒づくところだ。
でも、そんな訝しさも次の一言で一気に吹っ飛んでしまった。

「まぁ、これで少しは復興の役に立つだろうからな」

この焼酎の生まれ故郷、熊本の地は2ヶ月前
二度の大地震に見舞われた。余震の数こそ減ったものの
まだまだ復興は道半ばと聞く。
そこは彼のルーツの地とも指呼の距離
同じ尚武の気風を持つ土地柄というのもあり
今回の惨事は他人事ではなかったはずだ。

「――じゃあ、今度馬刺しも買ってきましょうよ」
「美樹――」
「ほら、お酒ってそこの地のものと
相性が良いっていうじゃない。
ああ、そうそう。麦焼酎も忘れちゃいけないわね」

それほど近くはないはずの大分も
同じように被害を受けているけれども
熊本の甚大さの前では霞んでしまいがちだ。
そこもちゃんと支援してあげないと。

「そうだな」

あたしが今日の晩酌のお供をテーブルに並べる傍ら
ファルコンは珍しく立ち上がると、戸棚から
もう一つグラスを取り出し、それを焼酎で満たした。
もちろんあたしも、ファルコンにお酌するのを忘れない。

「じゃあまた、熊本が元気になりますように!」

と、あたしの音頭で杯を挙げ、お互い一気に口に含む。
がつんとした呑み応えは、すなわち九州の気骨
ならば、いつの日かきっと取り戻してくれるはずだ
あの街にまた、かつてのような逞しさを。

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