Before/After the Carnival

「――○○××、○○××でございます」

穏やかなコーヒーブレイクを一撃で破壊するウグイス嬢の美声。
まだ衆院や都議選と比べればマシな方だが
(区議選となるとノイローゼになりそうだ)
参院でも東京都全域で31人も出ている。
まさに「犬も歩けば選挙宣伝カーに当たる」18日間だ。

とはいえ「宣伝」といいつつ名前を連呼しているだけで
政策も何も聞いているだけではまるで伝わってこない。
最初にコレに遭遇したときにはさすがに面食らったが
もう20年以上この国で生活していればそれなりに慣れた。
だがそれは同時に、当時とは選挙制度も変わったはずなのに
全くこのスタイルは変わっていないということ。
この国の有権者は、名前を知っているだけの
候補者に一票を投じるほど、まだ幼稚だというのだろうか。

「なぁ、今度のセンキョ行く?」

さっきの騒音を呼び水に、ボックス席では青臭い会話が始まった。
――おそらく今、オレが日本に来てから一番大きな
選挙制度の変化を目撃しようとしているのかもしれない。
それは70年ぶりの変化なのだから。
彼らの会話にジャーナリスト・スピリットを刺激され
(ただのヤジウマ根性だろ、と悪友たちは言うが)
カウンターから振り返ると、まだ高校生らしい制服姿で
ということは、今回新たに選挙権を得た18歳の若者たちのようだ。

「えーっ、行ったってどうせムダっしょ」

そのうちの一人が、彼らが言うところの
「かったるげ」に言い放った。

「だよなー」
「たった一票で政治が変わるわけねーし」

そのとき、目の前の店主の眼光が
サングラス越しに強くなったのが
こっちにもビシビシ伝わってきた。
すでに視覚を失って久しい彼の目は
威嚇の道具としては今も現役だ。
こう見えて一皮むけば国を憂うサムライでもある
こんな若い世代を嘆かわしく思うのも当然だろう。
聞こえよがしにファルコンに切り出した。

「そういやイギリスの国民投票、まっさか離脱とはなぁ」

その言葉に口髭が、我が意を得たりと一瞬歪んだ。

「ありゃ史上最も洗練されたテロだろうな
血一滴流さずに、国家を、さらには
世界中を震撼させたんだから」
「まぁでもこの株価下落で
テムズに身を投げたヤツもいるんじゃないか」

といっても死因は水死で、失血死でも
出血性ショックでもないから「無血」には違いないが。

「けどこうもマーケットがガタガタになるの判ってて
なんで『離脱』に一票を投じたんかね。
それくらい判ってなかったんか、イギリス人は」
「ミック、それは買い被り過ぎってもんじゃないのか。
あそこは決して『紳士の国』じゃない。正しくは
『一握りの紳士と、その他大勢のフーリガンの国』だ」

その言葉に、彼らのパシリの子孫として
内心腹を抱えてしまいたいところだった。
そう、イギリスは今も江戸時代並みの階級が厳然と残る国
貧しくとも努力と才覚で成功を収められるという
“British Dream”はおそらく存在しないだろう。
そもそもそれだけの根性のある奴は、オレの先祖を含めて
とっくにアメリカなりオーストラリアなりの新天地に
行ってしまったから、残っているのはコンサヴァティヴな連中ばかり
カエルの子はカエル、水道屋の息子は水道屋というヤツらにとって
わざわざ“夢”を求めて、遠いポーランドやらルーマニアやらから
(となるとヤツらにとって日本はどんだけ遠いんだ!?)
やってきた連中なんてのはさっぱり理解不能だろう。
それが結局“Brexit”に繋がってしまったというわけだ。

「でも結構なキンサだったよな。えーと――」
「17,410,742票対16,141,241票、率でいうと4%差だ」

――さすがvisually cahllanged(視覚障碍者)
ダテに日常生活メモに頼れないわけじゃない。

「もうここまでクロスゲームだと風向き次第だよな」
「ああ、かもしれんな」

風向き次第でミギにもヒダリにもなびく
文字どおりのfloating voter(無党派層)次第では
この結果は引っくり返っていたかもしれない。

「そもそも、奴らは本当は、自分の投じた
一票の意味を判ってなかったかもしれん」
「Right(だな). ヤツら、後からググってたっていうから
『EUって何?』『離脱したらどうなるの?』って」
「EUが何かくらい、うちの息子だって知ってるぞ
シェンゲン協定の中身ぐらいもな」

ヒロトの学校は、確かに都立では最底辺の一段上
といった具合だが、彼の名誉のために言えば
そこを選んだのは、家業の手伝いをするうえで
一番近いハイスクールだったからで、成績の点では
彼自身、日本中の高校生の中間程度だったはずだ。
とはいえ、投票前にグーグル先生に訊いてみたというのであれば
たとえその質問が基礎のド基礎であっても
下調べを欠かさない模範的な有権者といえるだろう。
カンジンなことは、それが――一票を投じて
結果が出て慌てて、というところにある。

「今さら投票のやり直しをネットで請願してるそうだが」
「それも離脱派のワルアガキだけじゃなさそうだね。
ツイッターに上がってたよ、『離脱に投票したけど
まさか本当にそうなるとは思わなかった。
タイムマシンがあるなら残留に入れ直したい』って」
「フンッ、俺はそういうのはやらん」

確かに、天下のファルコンがSNSで
一喜一憂している画は見たくはない。

「――ホントに、一票で世の中変わっちまうんだな
それがよーく考えてでも、軽い気持ちででも」

そうなんだよyoung guys、軽ーい気持ちで
「オレがこの票を入れても変わらないよなー」と
投じた一票が積もりに積もって、結果的に
ブックメーカーも首をくくりかねない
大どんでん返しが起きてしまったかもしれないのだ。
世の中を変えるのに、武器も暴力も要らない
徒党を組んで気勢を上げる必要もない。
その手に握られた見えない一票こそが
レヴォリューションを起こす力となる。

オッサンたちのわざとらしい“お説教”が
耳に入ってきたらしく、高校生たちは
途端にボックス席でコソコソ小さくなっていた。
だが、don't be afraid(恐れることはない), guys.
この国民投票はもう後戻りのきかない選択ではあったが
今度のような議員選、そして母国で間近に控える
大統領選なんかはいくらでもやり直しができる。
参院で3年後、今回の当選者ということだと6年後に
「こいつにしなきゃよかった」と思ったら
違うヤツに一票を入れればいい。
(もっとも、トランプの下で4年を棒に振りたくないのなら
今すぐアクションを起こさなければならないのだが)

「ま、‘Don't cry over spilt milk’ってことか」
「『覆水盆に返らず』だな」

それって要は同じことだろ?とファルコンに噛みつく。
かの大英帝国では、ミルクは盛大にぶちまけられた
でもこの日本では、水は未だトレイの中にある
それをひっくり返してしまうか否かは、キミたち次第だ。

https://www.buzzfeed.com/sakimizoroki/euref-your-vote-matters-yeah?utm_term=.wqElkLk0d#.cbGPlylgd