細腕&太腕繁盛記vol. 3 Parfait

パフェグラスにコーンフレークと
アイスクリームを交互に盛りつける。
1すくい目をバニラ、2すくい目をチョコレートの
アイスと味を変えるのがうちのこだわりだ。
中身がグラスの縁に届きそうになったら、これからが勝負だ。
大きく深呼吸をすると、傍らの絞り出し袋を掴んだ。

Cat's Eyeは喫茶店だから、コーヒーや軽食の他に
甘いものも当然メニューに載せてある。
ケーキなどは、工場で大量生産された『業務用』を
問屋から買ってきて、それを出すこともできるけど
わたし自身のこだわりで、敢えて手作りのものを
開店前に焼き上げてお客様にお出ししている。

けれどもわたしはそんなに手先が器用な方じゃない。
むしろ日曜大工のような大きい物相手の仕事の方が
性に合っているし得意でもある。
ウェディングドレスこそ自分で縫い上げたものの
あれは少女趣味な願望と思いつきから始まったもので
まさかあんなに大変だとは思ってもみなかった。
おかげでずいぶん指先を針穴だらけにしてしまったが
作り終えて、縫物のスキルは前よりは上がったはずだ。

そんなわたしの作るケーキといったら、苺ショートのような
きれいなデコレーションを施したものを毎日
それなりの個数を自分で用意することは無理だ。
なので、チーズケーキやキャロットケーキ
チョコレートケーキもいわゆる『ガトーショコラ』の
素朴な“焼きっぱなし”のメニューばかりだった。
あとは季節のタルトだが、それだって焼いてしまえば簡単だ。
うちの店の主役はあくまでコーヒー、
モンブランのような見た目にもきれいなケーキは
ケーキ屋さんのカフェで食べてもらえればいい。

でも、この店を始めた当時、喫茶店のメニューに
これが無いのはおかしいとも言われた。
フルーツやチョコレートといったパフェだ。
もちろん「うちの店ではやりません」と
突っぱねてしまってもよかった。だけど
「日本の喫茶店」というものに不勉強だっただけに
そういうものかと素直に聞き入れ、その結果
パフェの担当はファルコンとなった。
ただ、いくら手先はわたしよりも繊細とはいえ
すでに視力低下が進んでいたことは
わたしもある程度判っていたはずだった。

ファルコンの目は、視野全体が見えにくくなるのではなく
少しずつ視野が欠けていくといったものだった。
それゆえ、たとえ針の穴程度の視野であっても
自分の手元は確認することができた。当然
パフェの全体像を彼の目はもう把握できなかった。
それでもファルコンの作品は、商品として
値段を付けてお客様に出すのに十二分なものだった。
――きっと、彼の頭の中にはパフェの完全な全体像
云わばパフェの『イデア』が存在していて
実際のパフェの細かい部分部分が、それぞれ
イデアと一致してさえあれば、全体として
ファルコンの思い描くパフェそのものとなる。

でも、ずっと彼に負担をかけさせるわけにはいかなかった。
前屈みになって細かい作業をすることは
ファルコンの目に決して良いことではなかったし
そうでなくても、転戦に次ぐ転戦で
早期に治療が受けられなかった目は
失明はほぼ時間の問題という宣告を受けていた。
だからわたしがその役目を引き継がなければならなかった。

「落ち着け、焦るな。お前ならできる」

背後から彼の声が飛ぶ。その目はこれから
ホイップクリームの山が築かれる
一点にのみ注がれているはずだ。
――丁寧に、しかし素早くやらなければ
クリームは融け、山が崩れる。

「あれだけのドレスを作り上げたんだ
それも自分一人で。これくらいわけはないだろう」

その言葉に背中を押され、絞り出し袋を
パフェグラスの口の上に構えた。
丁寧さとスピードの絶妙なバランスで
グラスに真っ白な螺旋の山を築き上げる。
その山肌を、飾り切りしたバナナで彩り
オレンジをグラスの縁に引っかける。
そして、

「そこから先は一気に、大胆にだ」

チョコレートソースの暗褐色がクリームの白を染めていく。
「チョコレートパフェ」なのだから躊躇は不要だが
それも美学の許す範囲内までのこと。
最後に真っ赤なチェリーを頂に載せた。

「C'est parfait(完璧だ).」

外人部隊にもいて、世界中の戦場を飛び回ったファルコンにとって
フランス語ぐらいはお手のものだ。

「Merci beaucoup(どうもありがとう), Falcon.]
「T'es parfaite(お前もだ).」

がっしりとした手が私の頭上に置かれる。
その手のひらがいつもより熱いのは
髪を通しても感じ取れた。

「ま、まだフルーツパフェと苺パフェ
それにプリンアラモードが残っているんだからな///」

そう太鼓判は押してくれても、あらためて
自分のパフェをしげしげと眺めてみる。
ファルコンの言葉とは裏腹に、完璧とは程遠かった。
見慣れたお手本と同じなようでどこかが微妙に違うのだ。
でも、誰だって最初から完璧にはできない。
たとえ最後まで完璧にはできなかったとしても
それに少しでも近づけようと日々努力すればいい。
今までもそうやって彼の背中を追い続けてきたのだ
そして、それはこれからも変わらないだろう。
視力を完全に失ったとしても、わたしにとって
ファルコンこそが“Parfait(完璧)”そのものなのだから。