After Carnival

砂浜にひとり腰を下ろす。
目の前に広がるのは広々とした大海原
そして左手前方には砂州で陸と結ばれた
緑の小島があるはずが、今日はあいにくの天気
もやで霞んで、姿を見せてはくれない。
――あーあ、ヌードの弁天様にも嫌われたか。

この砂浜にも、ほんの数ヶ月前まで
女神様にも劣らぬセクシーな水着の天女たちが
たわわな胸を揺らしながら行き交っていたというのに
今、その姿が浮かんだとしたら
それは幻に違いないだろう。

「――っびくしゅっ!」

海風が少しずつ冷たさを増す砂浜
もちろんほぼ年中半袖の俺にとっちゃ
このくらいの寒さは何てことはない。
それより、寒々しいのはこの胸の中――
水着姿の面影が今も瞼に染みついて離れない
思い出すたび胸が痛む、夜も眠れないくらいに。

――とにかく何とかしてくれよ!

と海に向かって叫んでみたところで
どうしようもないだろう。
独り、煙草に火を点ける。

「気をつけよう、甘い言葉といい女、か」

考えなしに惚れて口説いて、その結果がコレだ
まぁ後悔先に立たず、あとの祭りなのだが。
気がつきゃもう、もっこりちゃんは
みんなどっか行っちまったし
それでも、まさかこんなに忘れられなくなるとは――

なんでわざわざ、季節外れの海まで
新宿からクーパーを走らせたかというと
見かけてしまったのだ、彼女を
秋色へと変わりゆく街の中で。

彼女は見知らぬ男と腕を組んでいた
楽しそうに笑顔を浮かべて。
その笑顔を向けていたのは
ほんの数ヶ月前までは俺にだったのに。

何くわぬ顔で、彼女とその男に対して
「やぁ、久しぶり」と言うこともできただろう
俺がカタギの男だったなら。
彼女にとって、俺たちと過ごした夏は
決してアルバムに残せぬ季節だった。
早い話が、彼女は俺の依頼人だったということだ。
良からぬ輩に狙われて、笑みを浮かべることも
忘れてしまった彼女にあの手この手で
もちろん香のちょっかい付きで
それでようやく、あんなふうに
笑えるようになったというのに――

ずいぶん短くなった煙草を空き缶に押し込み
二本目に火を点ける。

まぁ、毎度のことだがあわよくばという
下心はあったさ。でもそんな俺の気持ちも
彼女からしてみれば、咲いて散る
夏の花火のようなものだったのか
あの夜、屋上から眺めたような。

女ってやつは永遠の謎だ
変わりやすさは秋の空ともいうが
俺にしてみれば――まるで蝶のような
儚く、手に入れたと思ったらふっと消えてしまう。
そもそも、もう蝶って季節でもないような……
それでもこうして独り、ビーチにやってきた俺は
季節外れの蝶々を追いかけて虫取り網を振るう馬鹿なのか。

――ああ、馬鹿で結構!

と、開き直ったようにそのまま後ろに向かって
砂浜の上、大の字に倒れ込んだ。煙草を咥えたまま。
馬鹿も馬鹿、それも大馬鹿野郎だ
まともな育ち方もしちゃいない
惚れた女も幸福にできないような男だ
それなのに純情にも
本気にならずにいられないのだから。

「――あ、やっぱりこんなとこいた」

引っくり返った俺の顔を、文字どおりの
上から目線で覗き込む影。
顔は逆光でぱっと見は判らなかったが
誰かくらい声で判るさ。

「ビラまきサボって、新宿からも
いなくなったと思ったら」
「うるせぇ」
「ったく、バカじゃないの?
毎度毎度、依頼人に惚れて振られて
そのたびハートブレイクで黄昏て
少しは学習しなさいよ」

大きなお世話だ、学習したくらいで
心が動かなくなるようだったら
世の中「痴情のもつれ」など起きるわけがない。

「ほら、もう帰るわよ!」
と、腕を掴んで立ち上がらせようとする。

「待ってたって彼女は帰ってきやしないんだから」

そこまで言われちゃ現実に戻るしかない。
それでもなお香は、俺の腕を持って
クーパーまで引っ張って行こうとする。
その様子がまるであの日、街で見かけた
彼女と見知らぬ男の姿のようで
(腕の組み方は男女逆だが)

――気をつけよう、甘い言葉といい女、か。

「ん、なんか言った?」
「いや、なんも」

いったいどんな顔をしながら
香はここまで来たのだろうか。
俺がいるという確信はあったのか。
自分以外の女にうつつを抜かしているというのに
わざわざこうして――だが、危ない危ない
本気になって、でも喧嘩別れしようものなら
後悔先に立たず、あとの祭りだ。

水着のもっこりちゃんもみんないなくなった砂浜。
いるのは色気の欠片も無いこのオトコオンナくらい
――そういや、越冬する蝶ってのもいないわけじゃない
ただどれもいまいち地味なだけで。
だが、そんな“地味な蝶”すら心のどこかで
愛おしいと思ってしまっている自分がいる。

「ほんっと、どうしようもないバカなんだから」
「へぇへぇ、どうしようもないバカですよぉ」

だからこれからも、馬鹿バカと口汚く罵ってくれ
間違っても「好き」なんて言わないでくれ
そうすればいつまでもお前の傍にいられるから。


TUBE あとの祭り~After Carnival~ 歌詞 - 歌ネット