My Sweet Cubs

「なぁリョウ、お前、昔のこと
思い出したりするときってあるか?」

金髪の腐れ縁が突然訊いてきた。
いつものようにさんざ飲み歩いて
最後に辿り着いたいつもの店で
むさくるしくも男同士、肩を並べながら。
しかもカウンターの向こうは
頭は空っぽながら顔は可愛いもっこりちゃんではなく
寡黙だがカクテルの腕だけは確かな“野郎”とくれば
むさくるしさは5割増しといったところか。

「昔って、いつぐらいだよ」
「そうだな……ガキの頃ってとこかな」

その言葉と今朝のニュースで
奴の訊きたいことの見当は大体ついた。

「正直、前は思い出したくもなかったさ
でも今はそれほどでもなくなったかもな。
確かに碌でもない毎日の連続だったが
かといって悪いことばかりというわけでもなかったし」

そう冷静に思えるようになったのも
時薬ってやつだろうか、それとも
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとばかりに
むきになって全否定しなくなる程度には
大人になったってことか。

「そりゃあの頃は、お前にとっては
幸福な子供時代でもあったんだもんな」

と言うとミックはシェイクのドライマティーニを
一気にあおった。

あいつも自分の過去を滅多に人に明かさない。
だから俺が知っているのもほとんどが
他人から伝え聞いた噂程度のものに過ぎない。
少年時代は人並みには堅気の暮らしを送っていたとか
そこから一気に地獄に叩き落されて
俺と知り合ったのは、そこから多少の
アップダウンがありながらも、そのさなかを
這いずり回っていた頃のことのようだ。

俺の場合、あの密林での地獄のような日々は
それなりに幸福だった幼い頃の記憶と表裏一体だった。
だから悪夢から目を背けようとすれば、自ずと
あの頃のことまでも葬り去らなければならなかった。
だが奴は違う。どんな地獄を巡ってきたかまでは知らないが
子供の頃の黄金時代が鮮やかに蘇ればそれだけ
その後に待ち受ける闇はいっそう深くなる
それにまつわるもの何もかもを目にするたび、耳にするたび
心に鈍い痛みが走るほどに。

「――カブスなんか永遠に優勝しなきゃいいと思ってた
ヤギの呪いバンザイ! これからも続きやがれ!!ってな」
「ってインディアンスを応援してたってか」
「Of course, 今年は我がAngelsは
プレーオフに進めなかったからな。
But(でも)――」

そこで言葉を切ると、ミックはカウンターの奥
酒瓶が並ぶそのさらに向こうへと視線を向けた
遠く、遠くへと。

「でもやっぱ、どっかで嬉しいんだよ
100年ぶりってのもあるけど
まだどこかで繋がってるっていうんかな」

そう語る奴の目がわずかに潤んで見えたのは気のせいか。
するとバーテンダーはミックの目の前の
カクテルグラスを下げると、代わりに
フルートグラスをすっと差し出した。そして、俺の前にも。

「日本でしたらビールかけですが
やはりメジャーはシャンパンファイトですから」

と、微かに黄金色の酒をグラスに満たしていく。
底からゆらゆらと泡が立ち上る。

「もちろんドンペリだろうな」
「ええ、ワールドチャンピオンに相応しく」

ミックはグラスを手に取ると、高々と頭上に掲げた。

‘Congratulations, Cubs!’
‘Congratulations!’

ちゃっかりバーテンダーも交えて
むさくるしくも男3人、グラスを掲げた。
しかも――この店に不似合いな
クール&ザ・ギャングの“Celebration”付きで【笑】
そしてミックは満面の苦笑いを浮かべながら
グラスのシャンパンを一気に飲み干した
碌でもなかった、でも悪いことばかりではなかった
過去もろともに。

カブス、延長死闘制し108年ぶり世界一!ヤギの呪いと完全決別― スポニチ Sponichi Annex 野球