2017.9/それにつけても

「カオリ、それで来週京都に取材に行ってくるんだけど
お土産は何がいいかな?」

そう色目半分であいつに話を振ってくるのもいつものこと
これがもう四半世紀も続いているのだから
いちいち目くじらを立てるのも面倒なだけだ。
Cat'sのカウンターでの日常茶飯事。
だが、そんな「いつものこと」でも
今日の香の答えはミックの想像の
斜め上を行くものだったようだ。

「じゃあ……カール!」
「か、かーる?」

おいおい、人の名前じゃねぇぞ。といっても
そろそろ日本在住年数がアメリカ時代に並びつつある
奴にとっては、ちゃんと
「それにつけてもおやつは」なのだろうけど。

「そぉ! 先月でこっちでの販売終わっちゃったでしょ?
でも西日本なら売ってるっていうから、買ってきてくれないかなぁ……」
「――生八つ橋とか、おたべとかじゃなくて?」

おいおいおい、『おたべ』は生八つ橋の一種だ。
それでも香は、いたって真面目な顔で「うん」とうなずく。

「だって、小さい頃から食べてたんだもの
それが食べられなくなるなんて、淋しいじゃない」
「But……」
「ミックだって、例えば……そう、プリングルス!
あれが日本での発売が終了しちゃって
アメリカでしか手に入らないってなったら
あっち行くたび絶対買ってくるでしょ?」

そうまで言われたらミックも納得せざるをえなかった。
それは俺にもよく判る。先だってのポテチ騒動のときがそうだった。
もちろんそこまで好物というわけではないが
ときどき、無性にアレをつまみに飲みたくなるときがある。
そのためにアパートには在庫を常備していたのだが
それが切れてしまったときには正直参った。
しかも、そういうときにかぎってひかりは勝手に食いやがるし……
それに、ポテトチップスはジャガイモの収穫量が
復活するまでの一時的措置に過ぎなかったが
今回は未来永劫の販売終了なのだ。
香が未練たらしく食い下がるのも無理はない。
だが――

「おまぁ、そんなにカール好きだったっけ?」

そこまで執着を見せるほど、あのコーンスナックに
愛着を寄せる様子を俺は見たことは無かった。
ときどきつまんでいるようだったが
それも数あるスナック菓子のうちの一つという
感じだったように思えた。

「うーん……」

俺の指摘も想定の範囲内だったようだ。
それでも決まり悪そうな顔で視線を背けた。

「――確かに、販売終了のニュースを聞く前は
特にとりたててカールが食べたいって思わなかったな
他のお菓子と比べて、安かったらそれにするって感じで。
でも……もう二度とあれが食べられないってなると
無性に食べたくなるのよ。ほんと
都合がよすぎるかもしれないけど」

そうなる前に、もっとたくさん買ってれば
こういうことにならなかったかもね、と
淋しそうに笑う。
だが、人間そんなもんかもしれない
歌の文句にもある、失くして気がつくいつでも、と。
俺にとっても、あいつの兄貴のときがそうだったし
それに――愛着があったとはいえ
最近ご無沙汰気味だったかしとは違って
あいつは、煩いほど毎日一緒だ
でもその香が突然、いなくなってしまったとしたら――
煩いのがいなくなって清々するどころか
文字どおり我が身を裂かれるような悲しみに襲われるのだろう
自分の半分をもぎ取られ、奪われたような痛みに。

「――OK、カオリ。じゃあ何味を買ってくればいいかい?」
「えっ、じゃあカレー味! あれホントにたまんないのよね♪」
「あら、うすあじとチーズ味だけになっちゃったんじゃないかしら」

カウンターの向かいの美人ママの指摘に
香の顔は蒼白になった。

「えーっ、だったらそのときちゃんと
味わって食べればよかったぁ【泣】」
「そのときっていつだよ」
「うーん……2年は前のような(- -;)」

そんなもんなのかもしれない、永遠の別れというのは
案外そうと気づかずに訪れているものなのだろう。

「あー、もぉ無性に食べたくなっちゃったじゃない〜
口の中があのカレーパウダーを求めてやまないのよぉ!」

それを落ち着かせようと香は
苦いコーヒーをごくごくと口に運ぶ。
まぁ、それは俺も判らないでもない
そんなことばかり考えていたら、無性に
香を食べたくなってしまったのだから。

明治「カール」、東日本での販売終了へ :日本経済新聞