2017.5.20/Heart Break Cafe

最近ヒカリの様子がおかしい。
といってもいくら幼馴染みの父親とはいえ
オレとあの子の付き合いは今やほぼ
「お向かいさん」ということに尽きてしまう。
だからせいぜい街で偶然見かけるか
行きつけのカフェで行き会うかぐらいなのだが
ここ数日、ずっと表情が曇りっぱなしなのだ。

外は五月晴れ、初夏の太陽が眩しい
(そして紫外線量も一番多い)季節だというのに
カノジョの瞳は一足先に梅雨入りしたかのよう。
今も、Cat'sのカウンターに頬杖をついて
“いつもの”コーヒーにずら目もくれず
溜息をつくあの子の横顔がありありと目に浮かぶ。
――そんな物憂げな表情にもふと目を奪われてしまう
カノジョももうそんな齢になったとも言えるのだろうけれど
子供の頃からずっと見守ってきたオレとしては
やっぱり晴れ渡った青空のような笑顔を見たいのだ
あの子の母親そっくりな。

3日前だっただろうか、あのときは
目も当てられないほどだった。
その日もCat'sでヒカリを見かけたのだけど
あまりの落ち込みように
心ここにあらずという様子だった。
なので、気晴らしになればと
最新号のWeekly Newsを手渡したのだが
――最近はもっぱらフリーランスで
あちこち働いているけれど、たまには
古巣にも顔を出さないと。

「――働き方改革?」

それがその号の特集だった。

「あたしには関係ないなぁ」
「Not so that(そうでもないよ)
キミだって冴羽商事の従業員なんだから
リョウやカオリに交渉する余地はあるんじゃないかい」
「だってその仕事が今のとこ無いんだもんなぁ」

といつものように冗談めかして
苦笑いを浮かべてみせるが
その笑顔がやけに痛々しく見えた。
そして、

「へー、失恋休暇?」

そこからがまさしくオレの担当ページ。

「Right. ハートブレイクってのは
仕事のモチベーションに直結するものだからね。
だからココロの傷はちゃんと休んで癒さないと」
「その程度のことで仕事休まれてもなぁ」

と苦言を呈したのは店番の二代目。

「働くってのはそんな生半可なもんじゃないんだよ」

物腰こそ大型草食獣というか
父親のような古き良きマチズモを
受け継いではいないようだけれど
こういうところは日本男児らしい。

「でも――うん、やっぱりあたしには要らないわ」

そう言ってヒカリは雑誌を押し返してきたが
あの表情はハートブレイクそのもので――まさか

「なぁ、ヒロト」

今日も店番は彼一人だった。

「どうしたんです、ミックさん」
「ヒカリのことなんだけど――あの子
シュウヤと何かあったんじゃ……」

そう、カノジョにはいつもナイトのように
一つ上の従兄が傍についていた。
それがただの兄妹同然の幼馴染みから
お互いに惹かれあう関係になってもいい年頃
リョウもお許しを出したとか出していないとか。
そんなわけで「ヒカリをエンジェル家の嫁に!」という
父子二代の悲願は夢で終わりそうな状況だが
ここにきて一縷の望みが繋がったかもしれない。

「いやぁ、そんなこと聞いてないですけどねぇ」

そうヒロトはしれっと返す。

「でもあのとき、ヒカリが小さな声でぶつくさ
『シュウヤのばかやろー』と言ってたような」
「さぁ」

とあくまでつれない。

「あいつもそろそろ復活してくるんじゃないですか」
「No way(まさか)あの様子じゃ――」
「いい齢して女の子ばっかり追いかけてる
ミックさんには判らないと思いますけどね」

そんなことを、自分の半分も生きていない
ワカゾーに言われれば、さすがのオレも多少は腹が立つ。
が、そのとき

Clang-a-Clang!

とけたたましくドアベルが鳴り響いたと思ったら

「ひーろとーっ♪」

俺のすぐ横で勢いよく両手でhigh-five(ハイタッチ)
ちなみにヒロトの手が控えめにしか上がっていないのは
本気で手を伸ばすと父親譲りの体格ゆえ
ヒカリの手が届かないからだ。

「いやーやっぱりあたしって勝利の女神だわ♪」

と胸を張るその顔は、昨日までの憂いに満ちた
大人のレディから一転して
どこかあどけない、悪く言えば子供じみた
いつものヒカリそのものだった。

「ってことは行ってきたんだ、幕張」
「そっ。居ても立ってもいられなくてね
だから今季初観戦。それで
連敗脱出できちゃったんだから」
「まずはおめっとさん」
「でもまさか、首位楽天相手にサヨナラとはねぇ」

そこまで一気にまくし立てると
何も言わずに出されたアイスコーヒーを一口含んだ。

「あたしも正直9連敗かと思ったよ
でも根元よく打った! 涌井よく投げた!
さぁここから下剋上!!」
「けどなぁ……」
「なによ、鴻人」
「来週からホークスとだろ? だから
調子が下向いてるところでうまいこと3連勝
ってはずだったんだけどなぁ」
「何を仰る、ここで弾みをつけて
ここから8連勝、いや9連勝!」
「ウチにまだ1勝しかしてないくせに」
「うっ、それは言わないで……」

ああ、そういえばヒカリがどん底だったのは
ロッテの自力優勝が早々に消えた翌日だったっけ、と
二人のマシンガントークを聞きながら
NPBに疎い頭でぼんやりと思い出していた。
そしてその相手は確か西武……

「でも、交流戦に入ったらセの下位叩きまくって
その勢いでペナントの方も巻き返すぞ!
その頃には上位陣も負け星が多少つくだろうから
自力優勝も復活するだろうし」
「それ自力って言わない」
「それに、まぁ3位入れば下剋上フラグが
立ったようなもんだもんねぇ、ふっふっふ……」

けど、いつもの無邪気な笑みを取り戻したヒカリの様子に
カノジョのマリーンズ愛がひしひしと伝わってきた
決して恋には負けないほどの。
――なら、失恋休暇と同じように
『連敗休暇』も認めてもらえなければ
働き方改革とは言えないんじゃないかな?