【R15】Time, Place, Occasion

前後へと滑るように動くもっこりヒップ
ソファの背もたれの向こうに、それだけが
まるで水面から浮かび上がったかのように揺れていた。
いつものようにリビングで“芸術鑑賞”に耽る昼下がり
おかげで掃除機の轟音も耳に入らないほど
夢中になってしまっていたが
「絵に描いた餅」より触って食える餅の方が
良いに決まっている。

言っておくが俺はそれほど“尻フェチ”というわけじゃない
日本の男たちが余りにもそのパーツを蔑ろにしているだけだ。
女も女で、それをできるだけ小さく見せかけようとしているが
それ相応のちょうどいいサイズ、そして質感というのがある。
その点、香のヒップは俺の好みにぴったりといえる
程よく締まった丸みを描く脚線から続くそれは
もっちりとした絶妙な弾力を帯び、その感触は
いつまでも触っていても飽きないほど。
だから、ごわごわとしたデニム越しでも
思わずその双丘に手が伸びてしまうのは当然のことで、

「リョオっ!!」

普段だったらハンマーを振りかざすところだが
今のあいつの得物は掃除機のパイプで
それを吸い口ごと構えられると、慣れない武器なだけ
こちらも怯んでしまう。

「ちょ、ちょ――そこまで怒ることないだろ」
「いーえ、撩。ついでだから
前々から言おうと思っていたことだけど
あんた、そういうことやめてくれないかしら」

香は組んだ腕を掃除機のスイッチの上に置くと
じっとソファ越しに俺の目を見据える。

「そういうことって……どゆこと? リョウちゃんわかんなーい
とおどけて逃げようとすると、呆れたように
相棒は溜息をついた。

「そうやっておしり触ったり、胸触ったり
無理やり抱きついたりキスしたり――
それだけならまだいいわよ、でもあんた
そのままもっこりに持ち込もうとするじゃない///」

頬こそ赤く染まってはいるが、据わった眼は変わらない。

「でも香ちゃん、気持ちよくてアンアン言ってるだろ」
「///そりゃあ、そうかもしれないけど――でも、同じ美味しいケーキなら
自分で食べても無理やり口の中に押し込まれても
美味しいのは変わらないけど、でも
やっぱり自分でちゃんと食べたいじゃない」

基本的に旨いものには目の無い香の喩えは
全年齢向けに判りやすいものではあったが、

「――イヤ?」
「イヤに決まってるでしょっ!」

と再び掃除機を持ち上げんばかりに感情を爆発させた。

「だって撩、今何時?」
「んーと、1時半過ぎってとこ?」

壁掛け時計の分のメモリが見えないほど
俺の目は節穴ではない。

「じゃあここは?」
「リビング、だろ」
「ならここで今、そういうことしていいと思ってるの?」

そうは言っているが、香は決して
そういうことを全く受けつけない
潔癖症というわけではなかった。
むしろ夜は――さすがに具体的には言えないが
もう凄いというかスキモノというか
それもこの俺がそう言うのだから
その程度のほどは窺い知れるだろう。
こちらとしては、意外ではあったが
かえって願ったり叶ったりだ、
おかげで夜のパートナーとしての役割も
十二分に果たしてくれているのだから。

「えー、たまにはいいじゃん
ベッド以外ってのも刺激があって新鮮だろ」

香の顔がさらに真っ赤になるが
目つきもさらに鋭くなる。

「ヤなのッ」
「なんで」
「――だって、集中できないじゃない」

さっきまでの怒りの表情が、ようやく恥じらいに染まった。

「そういうことはちゃんと没頭したいの。
じゃないと気持ちよくないっていうか
愉しめないっていうか――///
それに、普通の精神状態じゃあんなこと
恥ずかしくってできるわけないじゃない
あんな格好したり、あんな声出したり――」

そう視線を逸らしながらもじもじとする姿は
夜の大胆な香からは別人のようだが
あいつの話を聞くうちに、確かに別人だと思った。
この昼間の明るいリビングが香にとって
「そういうこと」をしてはいけない場であるなら
夜の闇が立ち込めた寝室は「そういうこと」をしてもいい
むしろ思う存分それを楽しむべき場なのだ。
そしてそこでは昼間の恥じらいは邪魔なだけ
それを脱ぎ捨て、貪欲に快楽を求める――

つくづくあいつは何にでも生真面目だ
「そういうこと」もちゃんと真正面から
気を散らすことなく向き合おうとしているのだから。
でも――たかがもっこりにそこまで
堅苦しくなる必要もないんじゃないか、というのは
俺の勝手だろうか。

「大体あんただって――」

え、俺?と突然槍玉に挙げられてしまった。

「風呂上りでもないのに上半身裸でうろうろしたり
見てるこっちもドキドキしちゃうじゃないの///
さっきの手つきだって――」

というか、香の上気のしようからすると
おそらく服を着ていても俺は「目の毒」なのだろう
俺にとって香がそうであるように。

「でもね、こっちはずっと我慢してるの
我慢ったって別に何日もしなきゃいけないもんじゃない
夜になれば、そういうのをちゃんと解放してもいいんだから///」

――だからこそのあの大胆さ、貪欲さなのか。
自分で自分に枷をかけるのは、端から見れば
愚かしい行為なのかもしれない。
でも空腹が最上のソースであるように
その禁欲が香の欲望を爆発させ、結果として
悦びをより研ぎ澄まされた、甘美なものにしているのだ。

「それとも撩――もしかして
夜だけじゃ、足りない?」

それは決して責めるための問いではなかった
純粋に、自分の知らない真実を求めようとするもの。
その真っ直ぐな眼差しに打算で応えるのは憚られた
――Yes、と言えば香は素直に我が身を差し出すだろう
自分の恥じらいよりもパートナーの、愛する男の
満足を優先させる、あいつはそういう女なのだから。
だが――できることなら今すぐここで、というのも
俺自身の偽らざる本音ではあるので。

気づかれなくても仕方ないと開き直って
こくんと小さく頷いた。

「そう――だったら仕方ないわね、だったら
夜までこうしていなさぁぁいっっ!!

と、あっという間にロープで(んなもんどこにあったんだ)
ぐるぐる巻きにされて、ベランダから真っ逆さまに
吊り落とされた。

「か、かおりちゃーーん」
「これでお相子よ。あたしだって夜まで我慢してるの
一緒に我慢しましょ♪ その分、夜になったら――ね」

そう香が恥じらいと媚態がない交ぜになった表情を浮かべるのを
数階下からでも見逃すことはなかった。
だったら仕方がない、禁欲が最上の媚薬だってのは
俺にも当てはまること。その代わり、夜になったら――って

「本当に、夜になったら解いてくれるんだろうな……」

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