hymenoplasty

シティーハンターへの依頼は何も
ボディガードやストーカー退治ばかりではない。
その裏稼業ゆえの人脈を目当てに、いわば素人さん相手に
新宿闇世界イエローページみたいな仕事を頼まれることもある。
例えばパスポートでも免許証でも何でもござれの腕のいい偽造屋
俺など戸籍を持っていないので、奴らの存在が不可欠だ。
また、顔を別人に変えてくれるモグリの整形医
こっちは俺たちは直接世話になったことはないのだが。

「でもまっさか、処女膜再形成術なんて
本当にやる医者がいるなんて思わなかったわ」

今回の依頼人を送り届けてからアパートに戻り
さらにコーヒーを二人分淹れると、香はようやく
ソファに深く腰を落とし、一息ついた。

「噂には聞いてたけど、都市伝説だと思ってた」

おいおい、それじゃ「新宿駅東口にXYZ」だって
充分都市伝説だと思わねぇか?

今回の依頼はもともと行きつけのキャバクラの女の子からの紹介だった。
彼女の友人がとある御曹司に見初められたらしい。
玉の輿にしては話はとんとん拍子にまとまっていったのだが
最後の最後、あとは式を挙げるだけというところで問題が勃発したのだ。
当家の嫁となる者は当然ながら処女であるべしと。
このお友達が、彼女と同業ではないものの
やはりそれなりにお盛んで、どうやって御曹司を騙し通せたのか
後学のために一度拝聴してみたいものなのだが
もちろんフィアンセは家訓も彼女がヴァージンだということも
みじんも疑っていないらしい。全く、お目出度いものだ。

そんなわけで、報酬自体はさほど請求できないにもかかわらず
ずいぶんと手間ばかりかかってしまった。
なにしろ、表看板に堂々と掲げられるわけでもない
口コミ頼りの業態であるからして、ツテからツテへと
わらしべ長者ばりにずいぶんと探し回ったのだ。

「ねぇ……」
「ん」
「あのさ」
「おぅ」
「――男の人ってさ、やっぱり、その……
ハジメテの方が好きなのかなぁ」

言うだけ言うと香はアイスコーヒーを一気に啜ったが
その顔が耳まで真っ赤であろうことは
わざわざ隣を覗き込むまでもないだろう。

「まぁ、男のロマンってもんじゃねぇの?
普通、中古よりは新品の方がいいだろうし」

ふと、香はヴァージンだと宣言した挙句
涎を垂らさんばかりに夜這いならぬ昼這いに
いそいそ挑んでいった現・向かいの住人を思い出す。

「なんかずいぶん他人事じゃない」
「そうか?まぁな、俺みたいな男じゃ
新品も宝の持ち腐れだろ。
あっという間にスクラップになっちまう」

免許取りたての若葉マークを新車に乗せるバカはいないだろう
三日も経たぬ間に傷だらけにされてしまう。
ま、そういうことだ。こういう仕事をしていれば。

「じゃあ、嫌だった?
あたしが、その……ヴァージンで」

声がうっすらと涙ぐんでいた。

どこかで自分はモラリストだったのかもしれない。
さんざん余所の女とは後腐れない関係を結んでおきながら
香にだけは手を出せずにいつづけたのは。
初めての、そして最後の男になるという責任の重さ。
それに自分は値しないと逃げ回りつづけた。
だが、その覚悟を固めたからこそ俺は香を抱いたのだ。

そうはいっても、初物食いは男の本能なのかもしれない
未来永劫、自分だけを愛してくれる女を求めるというのは。
初めての夜、眼にした処女の徴に覚えた昂ぶりは
ただの征服欲などとは言い難いものだった。

腕をあいつの背中に伸ばすと、ぐっと肩を抱き寄せた。
以前はそれだけで挙動不審になっていたのに
最近では素直にすっぽりと腕の中におさまるようになった。

「ばぁか、嬉しかったよ」
「ほんと?」

腕の中から上目づかいでこちらを見遣る。
だぁっ、その眼つきは反則だっつーの!今すぐその場で押し倒したくなる。

「でもさ、だったら……もしも、もしもよ
撩があたしの初めてじゃなかったら、嬉しくなかった?」

いちいち面倒だ、と切って捨てたら種馬の名折れ
それもまた揺れる女心だ。
香が処女じゃなかったら――想像するにしても絵空事に近かった。
20歳で再会したときでさえ、男っ気がないどころか
あいつ自身が『男っ気』をぷんぷん発していたっけ。
それ以後、香も多少心が揺れることがあっても
男を近づけなかったし、俺がさせなかった。
だとしても、一緒に暮らすようになってからは無かったとしても
それ以前は俺にとっては与り知らぬこと、
たとえ男と付き合ったことがなくても
不幸な事故で傷つけられた可能性だって考えられたはずだ。

だが、たとえそうだとしても
俺が香に抱いた畏れは失われることなどなかっただろう。
経験の有無にかかわらず、俺にとって香は
日の当たる世界そのもの、どれだけ望んでも手にすることの許されない
人として当たり前の幸福の象徴だった。
香を抱いたとき、俺はそれらも手に入れたのだ
得ることのできないはずだったものを。

「一番嬉しかったのは、ようやくおまぁを抱けたことだよ」

そう、ヴァージンなんてのはただのおまけ
俺は香が欲しくて欲しくてたまらなかった
たとえ彼女が生娘であろうとなかろうと。

「あたしも……撩のものになれて、嬉しかった……」

そういうと香は俺のTシャツをハンカチ代わりに盛大に泣きじゃくった。
押し倒すのは涙が止まった後だ。

もちろん、香がヴァージンだったからこそのメリットはある。
俺の場合はデメリットの方がフィジカル面でも多いのだが
一つ、あいつの過去に余計な嫉妬を抱かずに済むことだ。
そんなこと、俺の過去にことあるごとに妬まずにはいられない
香の耳には入れたくはないのだが。